わが国の約半数の成人が体の中に持っていると報告されています。この細菌は微好気性グラム陰性の3μ程度の大きさで、4〜7本の鞭毛をもつらせん状の菌という特徴があります。ヘリコバクターというのは、らせん=helicoidということから、らせん状の細菌(バクター)という意味で、このためらせん状の細菌にはこの名前が付けられています。

これまで、強酸性を示す胃酸の中で細菌は生息できないと思われていましたが、1982年にH.pyloriが発見されました。胃の中で生息できる理由は、菌自体が持つ、ウレアーゼという酵素が、胃内の尿素を分解し、アンモニアを作り、胃酸を中和しているためと考えられます。この細菌は、好んで胃の幽門(pylorus;ピロルス)に住みつく性質があり、このため幽門部にいるらせん状の細菌というのがH.pyloriの名前のいわれです。
この鞭毛の活動により、胃粘膜に潜り込み、増殖し、胃炎、胃潰瘍、十二指腸潰瘍、胃癌を引き起こすといわれています。すべての人がこのような胃疾患にかかるわけではなく、H.pyloriに感染した人の、2〜3%が胃潰瘍・十二指腸潰瘍になるとされています。
H.pyloriは生育条件が悪くなると、球形変化し、一種の冬眠状態となって、生き延びるといわれています。冬眠状態になっている菌が、口から入り胃にたどりついたときに、もとのらせん状にもどり活動されるといわれています。このように経口的に感染することが知られ、その媒介としてゴキブリが関係しているという説があり、台所の衛生状態に注意する必要があります。また歯垢にも住みついているといわれ、菌保有者が乳幼児に口移しで食事を与えることは良くないとされています。

H.pyloriに感染しているかどうかを調べる検査法は、内視鏡を使用して採取した組織を調べる検査法と、内視鏡を使用せず血液や、吐く息(呼気)を採取し調べる検査法があります。胃潰瘍患者の80%、十二指腸潰瘍患者の90%にH.pyloriが認められています。胃・十二指腸潰瘍は、一度治っても数年後に再発を繰り返す病気です。

しかし、H.pyloriを除菌することにより潰瘍が再発しなくなることが報告されています。また、H.pyloriは胃癌の発
ピロリ菌について


  2〜3×0.45μmの細菌で、数本のしっぽがあります。このしっぽをヘリコプターのように回転させて移動することから、ヘリコバクター・ピロリ(正式名 Helicobacter pylori)と名付けられました。
 胃のような強酸性の環境下では、ほとんどの生物は生存できません。にもかかわらず、この菌はどのようにして胃の中に入り、生きていくのでしょうか。しかも胃の中にしかいません。そして、どのようにして多くの病気に関係しているのでしょうか。まだまだ未解決の部分もありますが、現在分かっていること、考えられていることについて述べてみます。


 1.どのようにして胃の中に入るのか

 日本では年齢とともにこの細菌を持っている人が増えていき、40歳以上では約75%の頻度となります。人から人への経口感染(口から口)がほとんどで、家族内での母親から子供への感染(たとえば、一度口に入れた食べ物を子供に与えるなど)が主体と言われています。このようにほとんどが子供の時に感染しますが、あまり心配しないでいいと思います。たとえ感染しても大半は病気にはならず、また生活環境の進歩、生活習慣の変化とともにこの菌を持っている人は減少しているのです。
 一方、内視鏡検査を介した感染が問題となっていましたが、消毒方法の改善により感染は少なくなってきています。


 2.なぜ胃の中で生きていけるのか

 胃の中はpH1〜2と非常に酸性が強く、生物が生きていけるような環境ではありません。しかし、この細菌はウレアーゼという酵素を多量に持っており、これを使って胃の中にある尿素をアンモニアに変化させます。このアンモニアが胃酸を中和し菌の周囲のpHを変化させて、生存できる環境を作り上げているのです。いわゆるバリヤーを張っていると考えてください。このように非常に進化した細菌なのです。ただし、胃がんの所や十二指腸のような尿素のない所では生きていけません。 

 3.どのようにして病気の発生や進行に関与するのか

 ウレアーゼは胃の組織に障害を与えます。それ以外にもこの菌は熱ショックタンパク(heat shock protein、HSP)、空砲化毒素、ムチナーゼ、プロテアーゼなどを持っており、それぞれが複雑にからみ合って病気の発生や進行に関係すると言われています。特に、空砲化毒素は潰瘍の発生に大きく関与しているとされています。
ピロリ菌陽性潰瘍が疑われる症状
わが国のピロリ菌感染率は50%〜60%と高率であり、とくに高齢者では8割がピロリ菌感染者です。そのため多くの潰瘍患者はピロリ菌陽性潰瘍になります。
胃潰瘍、十二指腸潰瘍の発症により多くの症例で状腹部痛を認めますが、痛みの程度はいろいろで、潰瘍の大きさに比例しません。多くは強い痛みではなく、シクシクした鈍痛であることが多いようです。激痛の場合は潰瘍の合併症である穿孔を生じた可能性があります。また無痛で経過することもあり、高齢者や糖尿病症例では、大きく深い潰瘍ができているにも関わらず無痛であり、吐下血や貧血によるふらつきを主訴に来院することも多く経験します。若い方では会社の検診で発見されることもよくあります。
胃潰瘍、十二指腸潰瘍で致命的となる合併症が、吐血、下血です。胃潰瘍や十二指腸潰瘍の出血では、血液が胃酸と混じることによりヘマチンとなり黒色となります。少量の出血の場合にはコーヒー残渣様の吐物が、また出血が多い場合には新鮮血の嘔吐や真っ黒な便であるタール便を認めます。この場合は緊急で内視鏡による検査、治療が必要となります。また幽門部や十二指腸球部に潰瘍がある場合は、浮腫や引きつれにより同部に狭窄が出現し、強い悪心、嘔吐を認めます。
潰瘍の症状は痛みのほかに、心窩部不快感、もたれ感、胸焼け、嘔気、嘔吐などの症状が見られますが、胆石症、急性膵炎、便秘症、逆流性食道炎また、胃癌などの疾患との鑑別も重要となります。

ピロリ菌とは
ピロリ菌研究の歴史
胃内の環境は細菌の生息にふさわしくないと考えられていましたが、1979年にオーストラリアの病理医Warrenが胃内のラセン菌と胃組織中の炎症細胞浸潤との密接な関連性について報告しました。更に、1982年、Warrenの共同研究者Marshallが胃生検材料から本菌の分離培養に成功し、以後上部消化管疾患と本菌との病原的関連性が検討され、多くの上部消化管疾患とピロリ菌の関係が明らかとなりました。


ピロリ菌の疫学
わが国におけるピロリ菌の感染率は約全人口の50〜60%と高率ですが、10歳以下で極端に低く、50歳以上では80%近いです。ピロリ菌の感染は主に小児期に成立するため、環境衛生が整備したわが国では、今後欧米なみの低感染率となることが予想されます。

ピロリ菌の感染経路
ピロリ菌は微好気性の細菌であり、酸素や乾燥に弱いです。そして本菌は生存環境が悪化すると、形態をらせん状から球形に変化させることにより身を守り、生きているのにも関わらず分離培養が不能な状態となります。とまり胃から自然界に排出されたとしても、一定の条件下ではすぐには死滅しないことが知られています。このようなピロリ菌の細菌学的特徴が感染経路の解明を遅らせる一因となりました。現在、胃−口感染、糞−口感染、口−口感染などの感染経路が提唱されており、水、食物、手指などのピロリ菌汚染がこれらに関与していると考えられています。